tamasen 校長ブログ

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2017年1月11日(水)

寒さ、低温

 今は、2016年の年末である。この文章をupするのは2017年新年となる。毎年であるが、何かと気忙しい年末・年始である。
 タマセンでは既に講義は終わり、冬休みに入っているが、国家試験を受ける卒業(予定)学生が学生ホールなどで勉学している。例年の風景であるが、緊張した雰囲気を感じる。順調に合格して欲しいと思う。遠い昔であるが、自らの国試の時をかすかに思い出す。

 さて、年末・年始のこの時期は寒い。本当に寒いのは1月であるが、昔経験した寒さを思い出したので、寒い体験を書くこととした。

 岡山は、2年前までの18年間居住していた宇都宮近辺に比べると、格段に温かいと感じる。岡山の夏は暑く、2016年は極度に熱く感じた。秋となり少し落ち着き、冬となり寒くはなったが、夏のインパクトが強かったためか、あまり寒いと感じない。学校のある玉野(宇野港近辺)は岡山より暖かく感じる。

 これに対して、宇都宮(栃木)は寒いのである。12月下旬頃から2月にかけては分厚い長コートを着込んでいる人が多い。岡山ではあまり見ない。私も分厚い長コートを持ってはいるが、昨年岡山で着用したのは数日であった。
宇都宮近辺(自治医科大学)での通勤は徒歩20分程度で、途中に公園がある。関東は土壌の上層が火山灰からできた黒ボク土であり、粒子が細かい。このためか、この公園で冬によく霜柱をみた(写真1)。



岡山でも昔は霜柱を良く見たが、最近はほとんど見ない。足で崩すと少年時代を思い出す。宇都宮近辺の霜柱は長い時には10cm近くであり、数層に分かれている。出来た霜柱が日中に溶けず、夜に次の霜柱が重なって層ができるとネットに記載されていたが、???である。また、雪も何回か降る。ほとんど2月であるが。ぼたん雪が多く、積もってもすぐに溶けることが多い。



写真2は栃木で勤務していた自治医科大学の積雪風景であり、この時も案外にあっさり溶けた。しかし、低温が続くと、もちろん積もったままであり、葉を落とした広葉樹(桜)に雪が付着したまま残っているのは美しい(写真3)。



夜の街灯に照らされると、付着し凍り付いた雪は、輝く白いシダの群落である(写真4)。



これは雪の付着であり、樹氷とは言わないと思う。本物の樹氷、蔵王の樹氷、を見に行ったことがある。ガスが出て、見通しは悪かったが、かろうじて樹氷群を見た。ガスが流されて少し明るくなったときに取ったのが写真5・6である。




写真5での樹氷の大きさは3m程度であり、遠景に樹氷群が見える。大きな樹氷の割れ目から針葉樹の枝が飛び出している。触ったり、叩いたりしたが、たいそう硬い。壊れかけている鉄筋コンクリートの塊のように見えて、おかしい。重装備で観光したのであるが、頬は少し痛くなった。全体は見通せなかったが、壮大で、すがすがしい体験であった。樹氷は雲霧の過冷却水滴がトドマツに凍りつき、これに雪なども付着して大きく固くなったものと言う。−5℃以下で成長すると言う。この時の気温は、雪上車の温度表示で、−6℃であったと記憶している。

 私が経験した最も低温環境はUSA留学時である。私はUSAオハイオ州コロンバスのオハイオ州立大学に留学した。ずいぶん昔である。1年間のみであったのと本人の能力のなさで、英語が上手にはならなかったのが残念である。オハイオは広く平たんな大地である。冬には、常ではないが、厳しい寒さとなることも多い。雪は多くないが、積もるとなかなか溶けない。

 冬になって、秘書の女性陣から寒さ対策の注意を受けた。まず、「厳寒の時には手袋と耳あてをして外出すること」である。耳あてをせずに15分以上外出すると凍傷(しもやけ)になり、真っ赤になって痛くなると言われた。実際に、耳あてを忘れて30分歩いて、耳が腫れて一部が壊疽になって、治癒に数か月かかった友人がいる。

 もう一つは、「車のフロントが凍っても、湯をかけてはいけない」とのことである。湯をかけるとすぐに凍って、どうしようもなくなるとのことであった。プラスチック器具で削り取る。宇都宮では、車のフロントが凍っても、温湯ですぐ溶けるのである。さらに、車のドアも凍結して開かないことも度々であり、「殴る・蹴る」で振動を与えて開ける。この厳冬の温度は−10℃程度である。もっと寒くなることがあり、これを現地では「below 0 (零度以下)」と言う。

USAでの温度はファーレンハイト(華氏, Fahrenheit, ℉)で表示される。華氏0度は、日本で使われているセルシウス(摂氏,Celsius,℃)では、−17.8度にあたる。つまり、−20℃近くである。こうなると、大学は休校となり、職員も出勤しなくてよい。私の場合は、ボスから、研究室に来るなと電話があった。地域行政からも外出を控えるようにと言われる。どうしてもの時には車を使用するが、バッテリーが十分な車のみ動かす。このような低温では、バッテリーが消耗しやすく、エンジンが止まると凍死の危険性は高い。
 この低温で撮影したのが写真7・8である。




 空気中の水蒸気が樹木の枝に氷結したものである。幹には付かず、細い枝の全体に氷が張り付く。雪が付着した枝(宇都宮;写真3)に比べると、全周で白く、細かく、固く感じられる。天候の良い厳寒で風のない日に出来る。青空の下で、線描の白い樹が輝き、陽を反射して細かい輝点が瞬く。静謐で壮絶な美しさがある。写真を撮った時は10分程度の外出であったが、露出していた顔はヒリヒリと痛く、室内にもどるとしばらくは顔全体が赤くなって掻痒感が続いた。

 なお、オハイオの冬は氷点下が続き、雪や凍結が多いため、凍結防止剤・融解剤としてやたらと塩をまく。日本での塩化カルシウムではなく、塩化ナトリウムつまり食塩である。精製度は悪い。当然、洗車をマメにしないと、車はさびやすい。車のバンパー・マフラーや床までが錆びてボロボロになる。

 当時私が乗っていた安中古車(結構でかいポンティアック)でも一度マフラーが運転中に脱落して驚いた。修理工場にガラガラと音を立てながら行くと、すぐに付け替えてくれた。しょっちゅうのことと言う。ある学生のボロ車に乗せてもらうと、足をドア枠に乗せろと言う。敷いてある段ボールをとると、助手席の床はほぼ脱落しており、道路が見えていた。USAに車検制度はない。走れば、どんな車でも走って良い。この状況のため、オハイオを含む東部内陸部の中古車価格は安い。中古車販売会社で、最もボロなものは「run or not」と書いてある。

 調べてみると、オハイオ州コロンバスでの最低気温は−30℃程度である。人が居住する地域ではロシア・オイミヤコンでの−71.2℃が最低記録である。最低温度の世界記録は南極ボストーク基地での−89.2℃と言う。ボストーク基地は極にあって、高度も高く、この程度の気温は何度も観測されると記載されていた。南極の昭和基地でも−40℃以下は珍しくないようである。テレビで基地外作業の様子が放映されることがあるが、ゴーグルは着けているものの、頬などの顔は露出しているようである。凍傷や顔面神経麻痺にならないのか不思議と思う。

 一方、日本では、北海道旭川市での−41.0℃が最低記録とされている。富士山頂では−38℃とのこと。北海道の内陸部はさすがに寒い。旭川動物園のホームページでは昼は−2から−10℃程度のようであるが、12月28日の朝9時で−20℃とある。旭川動物園は人気である。私も冬に一度は訪れたいと思っているが、覚悟と用意が必要であろう。

 実験室では冷凍庫の温度は−20℃である。超低温冷凍庫は−80℃であり、細胞や細菌は特殊な液に浸してこれに凍結保存する。ドライアイス(固体二酸化炭素)は−79℃である(−79℃で昇華し、気体になる)。実験室で利用可能な最低温度は液化窒素の−196℃である。液化窒素が手に触れても、瞬間的に気化するので、ピリッと少し痛みを感じるだけである。ただし、しばらく漬けておくと凍傷・組織壊死になって大変なことになる。

 今回のブログに載せた写真はほとんど白であり、色彩がない。冬の風景は茶褐色と緑、もしくは白である。静かで彩はない。この中で、動くのは鳥である。地味な鳥が多いが、目立って煌めくのはカワセミとオシドリである。カワセミは別稿に譲り、今回は渡り鳥であるオシドリの写真を載せる(写真9)。

 写真は栃木県小山市の池で撮影した。栃木でも、オシドリは少ない。この時も一羽のみであった。カモの群れの中で、ひときわ艶やかである。多くの色彩と緻密な陰影とで一際目立つ。温かな思いがする。ただ、目は少しく寂しそうであるが。
 

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2016年10月8日(土)

彼岸花

 岡山では、今年は9月の秋分の日を過ぎた頃でも暑い、しかも雨が多い。テレビを観ていると、岡山のニュースで真庭の川東公園のヒガンバナ群生が見事であると報じていた。これを聞いて、以前住んでいた栃木での群生地を思い出した。近隣の群生地をネットでさがすと児島湖花回廊ゴルフコースでヒガンバナ鑑賞会が開かれているとのことである。休日の日、朝は雨であったが、訪れることとした。

ヒガンバナ(彼岸花)の花は、ご承知のごとく、花の周りに葉はない。黄緑の花茎の上に、空飛ぶ円盤の骨組みを赤い針金で作ったような花が乗っかっている。一輪から数輪の花を遠くから見ると空中に浮遊している水引細工であるが、大きな赤いクモにも見える。やさしい花ではない。英語名はRed spider lily である。自然の植物に適切な形容名をつけない英語にしては珍しく上手と思う。一面に咲いた姿を見ると、地面から緑の針金で浮かして広げた、絡み合った赤い毛糸である。よこの広がりが強調され、印象は強い。この花を見ると秋が来ると思う。小さき時、田の稲穂が首を垂れ始める頃に、畔で咲くのを見ていた。昨日まで気づかなかったある日、突然に赤い花が見え、子供の自分には奇妙で恐ろしく感じたのを覚えている。


写真@は児島湖花回廊ゴルフコースのものである。朝の雨は止み、曇りではあるが、空は明るかった。花が新鮮であり、鮮烈な赤がくっきりと眼に入った。まだつぼみも多い。花とつぼみの群れが区分けされてリズムを作っている。風はほとんどなく、むっとした空気のなかで、赤い風景は動かない。その中で、ふと動く影が見えた。蝶である。揚羽蝶類であった。数匹が花の蜜を吸い、ふわりと舞い上がって次の花に移る。クロアゲハはその黒さで目立つ(写真A)。赤い絨毯の中、それを拒否するように、別次元で移ろっていく。対して、アゲハの黄色は風景に重なり溶け込む(写真B)。


少し、目を離すと分からなくなってしまう。しばらく揚羽蝶が飛ぶヒガンバナの群れを見ながら時を過ごした。秋が来る。秋が早く来て、すがすがしい晴天の空を見たいと思った。
花回廊でのヒガンバナを観ながら、栃木の群落を思い出していた。岡山の北部も同じと思うが、栃木では蕎麦の栽培が盛んである。蕎麦は草であり、その花は白く、小さく、可憐である。ヒガンバナと同じ時期に咲く。共に見ると、大きな赤の塊と薄緑の中の小さな白塊の散らばりが対比されて美しい(写真C)。


さて、植物としてのヒガンバナについて少し記述する。彼岸のころに咲くのでヒガンバナである。曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれるが、この言葉はサンスクリット語での赤い花に由来するとされている。花が咲く時期に葉はない。花が枯れて、秋深くなると、スイセンに似た、平たく細い葉を茂らす。春には枯れて、花茎が出てくるまでは地上には何もない。地中に小さなタマネギのような鱗茎がある。妙な植物である。他に、私の知る中では、花のみ咲く奇妙な植物にはギンリョウソウ(銀竜草)がある(写真D)。



平地の林では5-6月に暗がりの枯葉の中にひっそりと咲く。高さが5-10cm程度の白く透明感がある植物である。樹木の根に寄生する植物であり、葉緑体はない。上部の花の中に鈍い青色の顔が見える。群生する姿は、小さき一つ目の西洋ユウレイが集団で静かに整列しているようである。
ヒガンバナの葉はスイセンに似ると記したが、スイセンはヒガンバナ科であり、近縁である。ヒガンバナに最も近いのは盆の時期に咲くキツネノカミソリであろう。この群の植物はどの部位も毒がある。ヒガンバナの属名はリコリス( Lycoris )であり、主要な保有毒はリコリン(lycorine: アルカロイドの一種)である。誤って食べると、嘔吐・下痢を起こす。重症では麻痺を起こして死亡することもあるとされている。通常の加熱で失活しないが、水様性である。元来、ヒガンバナは中国原産である。江戸時代より前、日本に入り、人の手によって水田の畔や土手に植えられて、広がっていったと伝えられている。毒を含むため、植えられた近くをミミズやモグラなどが避けるので崩れない、との説もある。畔・土手に一面に植えられているのは珍しいので、この説は少々危うい。ただ、江戸時代には飢饉の時の救飢植物として役立ったことは本当の話と聞いている。鱗茎(球根のようなもの)にも毒はあるが、水様性のため、砕いて水に晒すと毒が流れて、デンプンとして食用できると聞いた。
 なお、リコリスという菓子が欧州にある。日本語のカタカナではリコリスであるが、ヒガンバナは「Lycoris」であり、菓子のリコリスは「Licorice 」である。「Licorice 」はスペインカンゾウ(甘草)(マメ科)の学名(属名)であり、この植物の抽出物にはグリチルリチン酸という甘味成分を含んでいる。この抽出物を含む菓子をまとめて「Licorice 」(リコリス)と呼ぶようである。国により呼び名は違うが、リコリスと言うと誰でも通じる。欧州の学会に出席した時の懇親会で配られていたので、食べたことがある。グミのようなものであった。甘いようではあったが、薬臭い。欧州人は食べていたが、まずい。不可思議な食べ物であるリコリス菓子にこだわるのは、甘味成分であるグリチルリチン酸が薬として使用されているからである。かなり前から肝臓障害・アレルギーの薬として、化粧品の保湿成分として、使用されてきた。大きな効果は認められていないが、現在でも使用されている。ただし、過料では副作用はある。



 最後に、写真Eを見て欲しい。穴あき桜葉である。花回廊ゴルフコースには河津桜が並木として植えられている。この桜の花期はソメイヨシノより早い2月であり、花色は濃い桃色である。花回廊の木はまだ若いが花は十分に楽しめる。写真@の背景にヒガンバナの奥に並んでいるのがそれである。ヒガンバナを見ながら歩いている時に、ふと気が付いた。数本の桜の葉が穴あきである。ところによっては、写真のように、葉脈をのこして葉肉がなく、葉脈標本に近い。葉は枝にしっかり付いており、落葉する様子はない。曇天をバックに写真を撮った。虫に食べられたかと思ったが、葉外周に虫食いの跡はほとんどない。葉肉を食べて葉脈を残すハムシなどの害虫はいるが、その場合は、食べられた葉肉の部分に膜様のものが残ると思う。確実ではないが、穿孔性褐班病(カッパン病)と思う。原因はカビである。桜ではPseudocercospora 属が多いとされている。葉にカビが付き、増殖すると、葉肉部分の水分循環が止まり、黄色となり、最後は穴ができると言う。多くの桜で少しは見られるとのことである。ここまで穴あきで、尚且つ枝にしっかり付いているにはめずらしいと思う。美しいのではないが、印象的な画である。夏の盛りが過ぎ、秋が来て桜葉が散っていくまでの一時の景である。ヒガンバナの赤を観て、桜葉の穴あきに気付いて、季節の動いて行くのを感じた。

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2016年9月15日(木)

小豆島の夏(生き物)

今年の夏に小豆島に家族旅行をした。大変暑い日であったが、久しぶりに海の生き物や雛ツバメを見たので、ブログに書きたい。

 岡山からフェリーに乗って小豆島の土庄港に着いた。フェリーから小豆島を見ると、大きな島であり、上には大きな入道雲がある(写真@)。


美しい瀬戸内の夏の風景である。ただし、暑い。島で通り雨に遭うことを危惧したが、旅行中には雨は降らなかった。ただし、暑いままである。
 島で、昼食を摂った後に、近くにエンジェルロードがあると聞く。満潮では島であるが、干潮には道ができて小豆島と繋がると言う。恋人が渡ると結ばれる?とかで、人気と言う。恋人云々はどうでも良いが、干潮まではまだ時間があるものの、暑いのを覚悟で訪ねることとなった。行くと、すでに道ができていた(写真A)。


かなりの人がぞろぞろと歩いていた。歩いて小島近くの潮だまりを覗くと、小さな、1cm程度の貝が多数こそこそと動いている。小さなヤドカリである(写真BC)。


また、カニも数種類が数多くいる。写真Dのカニは比較的に大きく、甲羅は3cm程度であった。孫はこれらを見たり、つっついたりで、楽しく遊んでいた。

 暑いので、ぼーっとしながらぶらぶらしていたら、波打ち際を浮いて動く、黒いものがいる。5cm程度であり、長方形のスポンジをクネッと中程で折り重ね、すぐに反対に折るような動きを繰り返す。結構、早く動くが、動きの割に進まない。近づいてみると、ウミウシである。いや、ウミウシと思う。写真EFのように、透明な体に黒と黄色の紋様があり、結構美しい。


写真Eに写っているが、2次鰓と思われる突起があるのでウミウシであろう。捕まえて手に乗せると丸くなった(写真G)。


ブヨブヨであるが、触ると少し抵抗を感じる固さがあった。海に放すと、また動き出した。不思議に、海底に向かおうとせず、クネクネと漂っていて、不思議であった。じっと見ても、紋様以外透明に近い。どこに動くための筋肉があるのか分からなかった。少しネットで調べてみると、最も似ていたのはヒカリウミウシである。刺激すると光ると記載してあったが、つついても光った感じはなかった。もっとも真昼では少々の光は感じられないであろうが。

ウミウシは貝殻を失った貝類である。自分の子供の頃や息子たちが小さい頃に海水浴に行き、岩場の海底でたまに見ることがあった。久しぶりに見たのである。泳ぐとは聞いていたが、泳いでいる(漂っている?)のを見たのは初めてである。
 ウミウシを海に戻してから、浅瀬でうろうろしていると、「細長い少し動くものがいたので、採ってみたら、タツノオトシゴだった。」と言って息子が持ってきたのが、写真HIである。



タツノオトシゴである。自分の子供時代に渋川海水浴場で見つけて以来である。体長は6cm程度であり、掌の海水中で少し動いている。見た目は固そうであるが、少しつつくとさほど固くはなさそうである。動きも弱く元気とは思えなかったので、強く触るのは止めておいた。写真Iでは背びれが写っている。写真を撮った後に海に戻した。タツノオトシゴはトゲウオの類でヨウジウオに近いと記載されている。
 久しぶりに、ウミウシやタツノオトシゴが自然の海で観察出来て幸せであった。暑くても、こういうものを見るとシャキッとするのが自らも不思議である。孫も楽しんでいたが、一番喜んだのは私である。

 その後、ホテルに入り、息子夫婦・孫はホテルのプールで楽しんだ。私は妻と孫の写真を撮ったり、陰で休んだりと、時間を過ごしていた。その時、プール周辺で飛び交うツバメが多いことに気づいた。プール周辺の建物壁をみると、ツバメの巣が多い。ホテルへの出入り口の真上にも巣がある。近寄ってみると、雛数羽がピーピー鳴いている。学校の周辺でも私の住居周辺でも飛び交うツバメは見るが、巣を真近でじっと見たことは、近年はなかった。暇なこともあり、モワーと暑い中を、じっと見たのである。人なれしているのか、雛は泣き続けるし、親も私の頭スレスレを飛んで、平気で餌を与えに飛び交う。見ているうちに気づいた。親が餌を与えた直後は、雛は鳴き止んで口を閉じる。すると口は白色の横一文字である(写真J)。


しばらくすると、雛は鳴きだし、突然口を大きく開けて、体を震わせる。親が近づくのを察知するのであろう。雛が口を開けると、口内の明るい黄色が目に飛び込む。巣は壁の庇下にあり、薄暗い。しかし、その場所でも明るい黄色が浮き立つように見える。印象的でオッと思った。ネットで調べると、この黄色が親の雛への餌やりを刺激しているそうである。雛が大きくなるとしだいに口内の黄色は薄くなって、巣立ちを向かえると記述してあった。なるほどである。子供の頃は、家の周りはツバメだらけで、玄関上の巣から糞が落ちるのに困った記憶がある。ツバメが巣を作る家は栄えるとかで、親は巣を壊そうとはしなかった。毎年ではなかったが、夏にはしょっちゅう雛を見ていたのであるが、口内の黄色に気づいた記憶はない。見えていても気が付かないものは認識されない。見えないと同じである。「視れども見えず」とはこのことである。
 親は餌を与えにしょっちゅう巣に帰ってくる。巣に帰ってきて、餌を与えるのは一瞬である。しばらく粘ったが、あまりに素早くて餌やりのピントのあった写真はとれなかった。カメラもボロである。ただ、数羽の雛に、餌は均等にはいきわたっていないように見えたのだが。雛の大きさは皆同じようである。最終的には辻褄はあうのであろうか。
 
 最後に、写真Lは小豆島で見た夕日である。夕暮れとなり、暑さが和らいできたので、夕日をただ眺めた。海に島々の影が重なり、水平線は見えない。海は凪で、夕日の照り返しが小刻みに動くのみである。かぜは優しく吹いているが、雲はほとんど動かない。止まった風景の中を夕日だけが妙に早く沈んでいく。風景の色合いだけが変わっていく。赤いきらめきがその勢を後退させ、色合いのない闇が周囲から沈む太陽の一点に向かって攻め込んでいく。瀬戸内の懐かしい、夕景色であった。


 岡山から小豆島へのフェリーでも晴天で凪いだ瀬戸内海を見た。波は穏やかで、規則的なゆったりとした海面の上下動を感じる。うねりはない。日の反射のきらめきもリズムはゆっくりであった。
 私は、岡山で40年以上を過ごし、その後に昨年まで栃木に18年間暮らしてきた。栃木は海がないので、海を見たくなると茨城や千葉の太平洋岸に行く。海を見ると心が休まる。ただし、外海は激しい。風のない晴れた日に太平洋を遠望すると、海はキラキラとざわめいて美しく静かではある。しかし、砂浜に近づくと、波頭が白く泡立った波が打ち寄せている。波が寄せてくだけて引く音が繰り返される。沖を見ると、大きなうねりが見える。じっと見ると、瀬戸内海で育った身には、少し恐ろしい。広がりと力強さを感じて、心が休まるのではあるが。また、水平線が邪魔物なく見通せるのは楽しいのではあるが。

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2016年8月27日(土)

16.08オリンピック


リオデジャネイロオリンピック

今は学校の夏休みが終わり、通常勤務にもどっている。今年の夏休みで昨年までと違ったのは、リオデジャネイロオリンピックが開催されたことである。私は、基本的には、あまりテレビを観ない。しかし、ニュース、ネイチャーもの、スポーツは良く観る。ただし、スポーツは録画を観るのが通例である。
ライブで観ると、長い・観ながらアルコール量が増える・ドキドキして心臓に悪い・自分が観ていると贔屓が負ける気分がする----など、たくさんの理由がある。多くの人からは賛意をいただけると思うが、絶対ライブと言う友人もいる。絶対ライブと言われるとそのとおりであろう。
 

とにもかくにも、夏休みの間に、多くの競技をテレビで観戦したのである。録画で観ても、長い時間を要し、かなり睡眠不足であったし、運動不足でもあった。ただし、岡山の夏は暑い。昼間に出歩くと熱中症になりかねない。今年の夏休みはエアコンのきいた部屋でオリンピック観戦&アルコールがベストであった。運動不足なので、昼に庭の手入れを半日していると、水を補給していたつもりであったが、手が少し震えてきた。慌てて、屋内退避をしたのである。

 今回のオリンピックで、全体結果としては、日本は万々歳であろう。金12・銀8・銅21である。素晴らしい活躍であった。
特に、皆さんもそうと思うが、水泳・卓球は全体的に日本選手の頑張りと熱気が伝わってきた。

私の個人的興味では200m平泳ぎで金藤理絵選手が金メダルに輝いたのは素晴らしい。わるいが、あまり期待をしていなかったのでビックリである。決勝では最後はかなり悠然と勝ったように見えた。1992年バロセロナの岩崎恭子さん以来と聞いて余計にビックリである。

個々で素晴らしかったのは、やはりバドミントンの女子ダブルスと男子400mリレーである。
バドミントンは厳しいスポーツである。球技の中で個人の運動量が多いのは、バドミントン・卓球・サッカーと思っている。これらは、運動量とともに、俊敏さ・動体視力・狡さが必要である。日本は昔からバドミントンは強かったと思うが、インドネシアや中国に負けて、金メダルはとれていなかった。今回が初めてである。新しい力・潮流を感じた。今後も頑張って欲しい。

男子400mリレーの銀メダルに至っては出来すぎと言ったら怒られるであろうか。出場した個々の記録では100mで10秒を切った選手はいない。400mリレーでは4人で37.60秒である。どうなっているのか。ミラクルである。東京オリンピックでも頑張って欲しいが、金を期待するのは期待しすぎと思っている。

 最後に、文句を言いたい。一つはサッカーである。私は、前校長の高井先生と同じく、大学時代はサッカー部に所属していた。サッカーはやるのも観るのも好きである。この齢ではやるのは無理があるが。
日本サッカーチームは出場前にはマスコミで大きく取り上げられていた。オリンピックでの試合ではボロボロである。オリンピックサッカーでは基本は23歳以下の年齢制限があるが、それを考えても、出場前にマスコミの書いた状況からすれば、ボロボロであった。
試合の数時間前にようやく到着したナイジェリアに4-5で負けである。ナイジェリアは強いのである。最終的には3位であった。と言うより、日本のサッカーはまだまだ強くはない。
マスコミはおだて過ぎである。基本的な守りのシステムが機能していなかった。私は、感情的にカッとなることは少ないが、この試合では度々カッとなった。日本は、まだまだ個人技を高くしていく必要があると感じる。また、もっと泥臭く、当たり負けしないサッカーをしてほしい。
きれいごとでは勝てないのである。そして、日本サッカーの生命線はやはり守りのシステムと思う。東京オリンピックでは頑張って欲しい。もちろん、その前に、A代表でのワールドカップを頑張って欲しい。

 もう一つの文句は、リオデジャネイロオリンピック開催・運営そのものでの問題点である。開催前は「設営が間に合わない」「治安が最悪」などの報道が多かった。卓球の福原選手が自分でトイレを直したとか報道された。
大きな問題がなく無事に終わったのであれば良いのである。しかし、実際の運営ではどうだったのであろう。
事前の状況と実際運営の問題を明確に調べて、報道する必要があると思う。そうしなければ東京オリンピックの準備にも役立たないであろう。終わりよければ、すべてよし、ではないのである。


 文句は言ったものの、日本人としては、楽しいオリンピックであった。東京オリンピックに向けて、準備を進めて欲しい。東京という街の主催であるが、国が開催するとの感覚が強い。オリンピックが済んだ後の有効利用を十分考えて、計画して欲しい。国と東京都が良く協議をして、必要で十分な費用は出すべきと思う。

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2016年7月27日(水)

近所の虫達-2016.07.27-

玉野総合医療専門学校 校長 平井 義一

 私は高校生までは昆虫採集が趣味であった。最近は採集ではなく、写真を撮ることが趣味である。近年は、昆虫は採取するのではなく、見て楽しむとの風潮が強い。稀少種や絶滅危惧種をむやみに採取するのは良くないのは明らかである。しかし、子供が生き物を捕まえたいと思うのは本能的である。危険なハチなどは注意する必要があるが、チョウやトンボ、カエルなどは捕まえて、触ることは大事である。このことが自然を体で理解することにつながると思っている。
さて、私は岡山の東山電停から西大寺寄りにある山腹の住宅地に住んでいる。最近に、近所で見かけ、写真が撮影できた中から、多くの人が見たことがあってもよくは知ってはいないと思う昆虫を、今回は、数種記述したい。
 
1)ツマグロヒョウモン



 蝶である。モンシロチョウより大きく、アゲハチョウより小さい。ひらひらと飛び、滑空する。ヒトが近づくと俊敏に逃げる。写真のようになかなか華麗である。この写真は7月半ばに庭のピラミッドアジサイに飛来した時のものである。ヒョウモンチョウの仲間である。この類は、基本的には、翅表には茶色に黒紋が規則的配置され、翅裏には緑・白色の紋様が配置される。一方、ツマグロヒョウモンでは上翅の先端に白の混ざった黒色の紋様が配置され、独特である。「ツマグロ」のツマは先端・端を意味する言葉である。その隣に赤色を帯びた色彩がある。一見して判別できる。ただし、この色彩はメスのみであり、オスは翅表に茶色に黒紋が規則的配置されている紋様のみであり、他のヒョウモンとはすぐには区別できない。
 この蝶は、昔はヒョウモンの仲間では少ない方で、山地で見かけることが多かった。近年は、関東以西では平地で見ることが増えてきた。皆さんも見たことはあると思う。幼虫の食草はスミレ類であり、公園の草地などで産卵する姿を見ることができる。平地に食草が多いこと、近年は消毒剤をあまり散布しないこと、年に何回か羽化する(世代を繰り返す)ことが増加した理由であろう。幼虫には毒はないが、毒々しい風貌をしており、ビオラ類も食べる。園芸家には明確に害虫と認識されている。
 ヒトが少し遠くから見ていると逃げることは少ない。庭で、花の蜜を吸い、ゆったりと飛び回る姿を眺めていると、少しく夏の暑さを忘れる。

2)ヨツスジトラカミキリ


 カミキリムシである。この写真は7月半ばに庭のピラミッドアジサイの葉で見つけた時に撮影した。日本にはカムキリの種類は多く、大きさは1cm弱(ハナカミキリ類など)から5cm程度(シロスジカミキリ)である。ゴマダラカミキリ(3cm程度)をご存知の方が多いと思う。このヨツスジトラカミキリは2cm弱の大きさであり、トラカミキリの仲間である。写真2を見てお分かりのように、スズメバチの擬態である。多くの人がハチと間違える。よく見ると透明な羽は見えず、硬い鞘が見える。大きなカミキリであるシロスジカミキリやゴマダラカミキリはお尻を下げて、重たそうにゆっくり飛ぶが、このヨツスジトラの飛行はそれよりは軽やかである。しかし、スズメバチの素早い飛翔とは比べ物にならない。また、シロスジカミキリやゴマダラカミキリに咬まれると痛いが、ヨツスジトラでは痛くない。
このカミキリムシの幼虫はニセアカシアやクヌギ類を食べるためか、住宅地・街中でも見かけることが多い。私は、このカミキリを見かけると捕まえて背中を触る。硬い鞘の上の柔らかなビロードの感覚を感じる。放すとそのまま飛んでいく。毎年の夏での楽しみである。

3)オオスカシバ


 蛾の仲間である。しかし、翅は透明である。「大きな透かしの羽」との意味でオオスカシバである。胴体は太く、2-3cmである。頭の触角は太く大きい。上半身はウグイス色であり、腰部に赤いベルトをつけ、下半身は黄色で、尾に短い黒毛を持つ。なかなかダンディーである。昼に飛び回るので見ることは多い。ホバリングしながら花蜜を吸い、瞬時に他の花に移る。ホバリングの時には翅は全く見えない。あたかもハチドリのごとくである。私はハチドリを見たことはないので想像であるが。写真は5月終わりに近くのミカン類の花で撮影したものである。花に前足を掛けているため、羽ばたきが遅くなり、かろうじて羽が見える。
 幼虫はクチナシを食べる。実家の庭にはクチナシがあった。私が小学生の頃の夏にオオスカシバが来て、産卵していった。幼虫になり、大きくなると尾に突起を持った大きな青虫となった。こうなる頃にはクチナシの葉はほとんどなくなったのであるが、蛹と羽化を見たくて、放置して欲しいと祖母に頼んだ。しかし、蛹は見つからなかった。土の中で蛹になることを知ったのは、ずっと後である。翌年から、幼虫は遠慮なく退治された。

4)ハンミョウ(ナミハンミョウ)


 オサムシに近縁な甲虫である。漢字では斑猫と書く。古く中国では薬として使用され、毒があると記載されているそうである。ハンミョウ類には毒を持つ種があり、別のツチハンミョウのグループは猛毒のカンタリジンを保有する。中国の種は毒を持っているのかもしれないが、この日本種は無毒である。ただし、大顎を持ち、咬まれると非常に痛い。2cm程度の体長である。
 山道などで人の前を素早く走ったり、軽く飛翔したりする。ミチオシエとかミチシルベとか呼ばれている。見た人は多いはずである。この虫は目が大きく、小さなアリなどの昆虫を捕まえて、体液を吸い取る肉食昆虫である。草むらより見通しに良い土道で多く見る。人が近づくとすぐ逃げるため、じっと観察することは難しい。6月に散歩のとき、近くの寺の境内で休んでいると、偶然にこの虫が目の前に来た。カメラを持っていたので、そっと写真をとった。写真をみると華麗である。青・赤の金属色に濃紺や白の模様が斑に配置されている。派手であるが、明るい山道では保護色であると言われている。まずいので鳥は食べない。アブ類やジョロウグモは捕食するとのことである。私もジョロウグモの巣でハンミョウの死骸を見たことがある。糸でグルグル巻きにはされていなかった。  
散歩の時の道連れとしては好ましい。真夏には少々暑苦しい感じはするが。街がコンクリートに覆われ、草むらが少なくなり、ハンミョウを見ることが少なくなってきた。大いに残念である。

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