tamasen 校長ブログ

2018年11月01日の記事

2018年11月1日(木)

西日本豪雨

久々にブログを記述する。

大雨が降った。7月5日から7月7日にかけて、主に7月6日に。西日本豪雨である。岡山では100年に1度と言われる大災害である。
災害の概況と本校でのボランティア活動について記述したい。


まず、被害状況である。西日本全体に大きな被害が出たが、広島県・岡山県・愛媛県が主な被害県である。死者223名、行方不明8名に上り、死者は広島県109名、岡山県61名、愛媛県28名であった。

西日本全体の概況は書ききれないため、岡山県の概況を記載する。岡山では県東部、特に県南東部の倉敷市・総社市・高梁市・岡山市などで被害が大きい。山陽新聞社を主として様々な資料から記述するので必ずしも統一的ではないが、倉敷市では死者52名、家屋全壊4,646棟であり、岡山市では死者2名、家屋全壊91棟(大規模半壊を含む)であった。浸水家屋は両市とも4,000棟を越える。総社市では死者2名、家屋全壊78棟で、高梁市では行方不明1名、家屋全壊59棟となっている。

この中で、倉敷市真備町地区での被害が大きく全国的に報道された。倉敷市での被害のほとんどは真備町地区である。7月6日(金)には西日本(特に山陽側)で雨が降り続いた。いわゆる線状降雨帯である。岡山県では多くの地域で7月6日一日に200ミリ近い降雨があった。私はこの日は東京出張からもどる日であり、実際の岡山県での降雨状況を体験していない。岡山市の皆に聞くと朝からずーっと雨が降り、土砂降りになる時間も多かったと言う。私自身はなかなか進まない新幹線のなかで、うんざりしていたのであるが、このことは別に記述する。

倉敷市では午後10時過ぎに大雨特別警報がでて、真備町地区では0時前に避難指示が発令された。真備町地区には小田川が流れており、岡山三大河川の一つである高梁川に合流する。7月7日の1時頃に、この小田川から水があふれ、朝になって一面の水浸しとなった状況が明らかになった。その他の地区でも7月6日深夜に水害が発生した。7月7日なって避難が開始された。真備町地区では3,800人(倉敷市全体で4,300人)が避難し、総社市では7,291人という県内最大の避難者数となった。岡山市でも2,425人、高梁市でも2,540人の避難があり、県全体では一時は25,000人以上が避難したとされている。岡山だけでも壮絶な災害である。

道路は各地で寸断された。岡山県被災道路をみると無数の通行止めが発生したが、主要道路の完全遮断は少なく、陸の孤島化の場所は少なかったと思っている。ただし、現在でも生活道路では仮復旧・片側交互通行の場所も多い。

鉄道も多くが運休となった。ただ、運転再開は思ったより早く、岡山県内では瀬戸大橋線7月9日、山陽線7月10日、伯備線8月1日、津山線8月5日、因美・芸備・姫新線8月31日に全面再開し、最後に出水した小田川に沿って走る井原線が9月3日に全面再開となった。

この状況で、県内各地でボランティア活動が始まり、各自治体は受け入れシステムを整備した。我々の加計学園でも学園全体で積極的に参加することとなった。玉野総合医療専門学校としては、教職員・学生に呼びかけて、ボランティア活動を行った。7月22日から正式に開始し、9月終わりまでの計画を立てた。土日が中心である。ただし、9月中旬以降は台風の影響で中止になり、正式な参加最終日は9月8日であった(学校として予定したもの)。

有難いことに多くの参加を得ることができ、把握している本校からのボランティア数は68名に上った。教職員と保健看護学科の学生が主要である。学校としては、主として最大の被災地である倉敷市真備町地域でボランティア活動を行った。倉敷市のボランティア活動システムは整備されており、サイトで参加の方法や服装・準備物の説明リスト・図が詳細に分かりやすく記載されている。参加した方々もボランティア活動が円滑にできたと言っていた。7-8月にかけては酷暑であり、ボランティア活動の参加された方々は大変であったと思う。本校関係者ではないが、実際に脱水症状で救急車搬送された方もおられる。本校の教員や学生に聞くと「5人一組で行動し、リーダーとタイムキーパーを決め、20分活動・10分休憩を守り、水分は十分持参した。暑いのは大変だが、大丈夫。トイレが一番大変であった。」とのことである。倉敷市以外ではAMDAと連携して総社市で活動した学生やそれぞれの専門職団体からの要請で活動した教員もいる。

ボランティア活動はもちろん被災をされた方々の助けになるために行う。一方で、ボランティア活動を行う側も大きな満足感を感ずる。参加学生も一様に本人自らの体験を語ってくれた。活動を行うことによって、感謝されて、自らの存在価値を認識できること、社会に繋がっていると確認できることがその理由と思う。労働の対価をもらわないことがより純粋な喜びを増すのであろう。

私は今まで大災害時に医療職・専門職としてボランティア活動を行ったことはあるが、一般的な災害ボランティアを行ったことはない。今回は参加しようと思って計画リストには載せてもらった。年齢的な要因、つまり齢であるので、7-8月ではなく、9月に参加することにした。すると、前述したように、台風来襲で中止になったのである。多くの学校関係者・学生に参加してもらったのに、私が参加していないのはいささか気恥ずかしい。

10月になって倉敷市のボランティア参加数も減少し、足らないとのこと。考えなければと思っている。齢のせいにもできない。10月初めに私と同じか年上と思われる数名の方と話す機会があった。多くは細身で、皆が日焼けで黒い。私が「良く焼けてますネ」と言うと、「ほぼ毎日、真備でボランティア」との返事。「皆、年金生活者。ボランティアに行くと、感謝されて楽しいし、話ができる。ええがー。皆、真備で知り合ったんじゃー。」と言う。快活であった。頭が下がる。私も頑張らにゃーと思う。

今、ボランティア活動を行った学生・教職員に状況・思いをまとめてくれるようにお願いしている。まとまったら、学校のホームページのブログに掲載したい。

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