tamasen 校長ブログ

2016年9月15日(木)

小豆島の夏(生き物)

今年の夏に小豆島に家族旅行をした。大変暑い日であったが、久しぶりに海の生き物や雛ツバメを見たので、ブログに書きたい。

 岡山からフェリーに乗って小豆島の土庄港に着いた。フェリーから小豆島を見ると、大きな島であり、上には大きな入道雲がある(写真@)。


美しい瀬戸内の夏の風景である。ただし、暑い。島で通り雨に遭うことを危惧したが、旅行中には雨は降らなかった。ただし、暑いままである。
 島で、昼食を摂った後に、近くにエンジェルロードがあると聞く。満潮では島であるが、干潮には道ができて小豆島と繋がると言う。恋人が渡ると結ばれる?とかで、人気と言う。恋人云々はどうでも良いが、干潮まではまだ時間があるものの、暑いのを覚悟で訪ねることとなった。行くと、すでに道ができていた(写真A)。


かなりの人がぞろぞろと歩いていた。歩いて小島近くの潮だまりを覗くと、小さな、1cm程度の貝が多数こそこそと動いている。小さなヤドカリである(写真BC)。


また、カニも数種類が数多くいる。写真Dのカニは比較的に大きく、甲羅は3cm程度であった。孫はこれらを見たり、つっついたりで、楽しく遊んでいた。

 暑いので、ぼーっとしながらぶらぶらしていたら、波打ち際を浮いて動く、黒いものがいる。5cm程度であり、長方形のスポンジをクネッと中程で折り重ね、すぐに反対に折るような動きを繰り返す。結構、早く動くが、動きの割に進まない。近づいてみると、ウミウシである。いや、ウミウシと思う。写真EFのように、透明な体に黒と黄色の紋様があり、結構美しい。


写真Eに写っているが、2次鰓と思われる突起があるのでウミウシであろう。捕まえて手に乗せると丸くなった(写真G)。


ブヨブヨであるが、触ると少し抵抗を感じる固さがあった。海に放すと、また動き出した。不思議に、海底に向かおうとせず、クネクネと漂っていて、不思議であった。じっと見ても、紋様以外透明に近い。どこに動くための筋肉があるのか分からなかった。少しネットで調べてみると、最も似ていたのはヒカリウミウシである。刺激すると光ると記載してあったが、つついても光った感じはなかった。もっとも真昼では少々の光は感じられないであろうが。

ウミウシは貝殻を失った貝類である。自分の子供の頃や息子たちが小さい頃に海水浴に行き、岩場の海底でたまに見ることがあった。久しぶりに見たのである。泳ぐとは聞いていたが、泳いでいる(漂っている?)のを見たのは初めてである。
 ウミウシを海に戻してから、浅瀬でうろうろしていると、「細長い少し動くものがいたので、採ってみたら、タツノオトシゴだった。」と言って息子が持ってきたのが、写真HIである。



タツノオトシゴである。自分の子供時代に渋川海水浴場で見つけて以来である。体長は6cm程度であり、掌の海水中で少し動いている。見た目は固そうであるが、少しつつくとさほど固くはなさそうである。動きも弱く元気とは思えなかったので、強く触るのは止めておいた。写真Iでは背びれが写っている。写真を撮った後に海に戻した。タツノオトシゴはトゲウオの類でヨウジウオに近いと記載されている。
 久しぶりに、ウミウシやタツノオトシゴが自然の海で観察出来て幸せであった。暑くても、こういうものを見るとシャキッとするのが自らも不思議である。孫も楽しんでいたが、一番喜んだのは私である。

 その後、ホテルに入り、息子夫婦・孫はホテルのプールで楽しんだ。私は妻と孫の写真を撮ったり、陰で休んだりと、時間を過ごしていた。その時、プール周辺で飛び交うツバメが多いことに気づいた。プール周辺の建物壁をみると、ツバメの巣が多い。ホテルへの出入り口の真上にも巣がある。近寄ってみると、雛数羽がピーピー鳴いている。学校の周辺でも私の住居周辺でも飛び交うツバメは見るが、巣を真近でじっと見たことは、近年はなかった。暇なこともあり、モワーと暑い中を、じっと見たのである。人なれしているのか、雛は泣き続けるし、親も私の頭スレスレを飛んで、平気で餌を与えに飛び交う。見ているうちに気づいた。親が餌を与えた直後は、雛は鳴き止んで口を閉じる。すると口は白色の横一文字である(写真J)。


しばらくすると、雛は鳴きだし、突然口を大きく開けて、体を震わせる。親が近づくのを察知するのであろう。雛が口を開けると、口内の明るい黄色が目に飛び込む。巣は壁の庇下にあり、薄暗い。しかし、その場所でも明るい黄色が浮き立つように見える。印象的でオッと思った。ネットで調べると、この黄色が親の雛への餌やりを刺激しているそうである。雛が大きくなるとしだいに口内の黄色は薄くなって、巣立ちを向かえると記述してあった。なるほどである。子供の頃は、家の周りはツバメだらけで、玄関上の巣から糞が落ちるのに困った記憶がある。ツバメが巣を作る家は栄えるとかで、親は巣を壊そうとはしなかった。毎年ではなかったが、夏にはしょっちゅう雛を見ていたのであるが、口内の黄色に気づいた記憶はない。見えていても気が付かないものは認識されない。見えないと同じである。「視れども見えず」とはこのことである。
 親は餌を与えにしょっちゅう巣に帰ってくる。巣に帰ってきて、餌を与えるのは一瞬である。しばらく粘ったが、あまりに素早くて餌やりのピントのあった写真はとれなかった。カメラもボロである。ただ、数羽の雛に、餌は均等にはいきわたっていないように見えたのだが。雛の大きさは皆同じようである。最終的には辻褄はあうのであろうか。
 
 最後に、写真Lは小豆島で見た夕日である。夕暮れとなり、暑さが和らいできたので、夕日をただ眺めた。海に島々の影が重なり、水平線は見えない。海は凪で、夕日の照り返しが小刻みに動くのみである。かぜは優しく吹いているが、雲はほとんど動かない。止まった風景の中を夕日だけが妙に早く沈んでいく。風景の色合いだけが変わっていく。赤いきらめきがその勢を後退させ、色合いのない闇が周囲から沈む太陽の一点に向かって攻め込んでいく。瀬戸内の懐かしい、夕景色であった。


 岡山から小豆島へのフェリーでも晴天で凪いだ瀬戸内海を見た。波は穏やかで、規則的なゆったりとした海面の上下動を感じる。うねりはない。日の反射のきらめきもリズムはゆっくりであった。
 私は、岡山で40年以上を過ごし、その後に昨年まで栃木に18年間暮らしてきた。栃木は海がないので、海を見たくなると茨城や千葉の太平洋岸に行く。海を見ると心が休まる。ただし、外海は激しい。風のない晴れた日に太平洋を遠望すると、海はキラキラとざわめいて美しく静かではある。しかし、砂浜に近づくと、波頭が白く泡立った波が打ち寄せている。波が寄せてくだけて引く音が繰り返される。沖を見ると、大きなうねりが見える。じっと見ると、瀬戸内海で育った身には、少し恐ろしい。広がりと力強さを感じて、心が休まるのではあるが。また、水平線が邪魔物なく見通せるのは楽しいのではあるが。

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