tamasen 校長ブログ

2017年1月11日(水)

寒さ、低温

 今は、2016年の年末である。この文章をupするのは2017年新年となる。毎年であるが、何かと気忙しい年末・年始である。
 タマセンでは既に講義は終わり、冬休みに入っているが、国家試験を受ける卒業(予定)学生が学生ホールなどで勉学している。例年の風景であるが、緊張した雰囲気を感じる。順調に合格して欲しいと思う。遠い昔であるが、自らの国試の時をかすかに思い出す。

 さて、年末・年始のこの時期は寒い。本当に寒いのは1月であるが、昔経験した寒さを思い出したので、寒い体験を書くこととした。

 岡山は、2年前までの18年間居住していた宇都宮近辺に比べると、格段に温かいと感じる。岡山の夏は暑く、2016年は極度に熱く感じた。秋となり少し落ち着き、冬となり寒くはなったが、夏のインパクトが強かったためか、あまり寒いと感じない。学校のある玉野(宇野港近辺)は岡山より暖かく感じる。

 これに対して、宇都宮(栃木)は寒いのである。12月下旬頃から2月にかけては分厚い長コートを着込んでいる人が多い。岡山ではあまり見ない。私も分厚い長コートを持ってはいるが、昨年岡山で着用したのは数日であった。
宇都宮近辺(自治医科大学)での通勤は徒歩20分程度で、途中に公園がある。関東は土壌の上層が火山灰からできた黒ボク土であり、粒子が細かい。このためか、この公園で冬によく霜柱をみた(写真1)。



岡山でも昔は霜柱を良く見たが、最近はほとんど見ない。足で崩すと少年時代を思い出す。宇都宮近辺の霜柱は長い時には10cm近くであり、数層に分かれている。出来た霜柱が日中に溶けず、夜に次の霜柱が重なって層ができるとネットに記載されていたが、???である。また、雪も何回か降る。ほとんど2月であるが。ぼたん雪が多く、積もってもすぐに溶けることが多い。



写真2は栃木で勤務していた自治医科大学の積雪風景であり、この時も案外にあっさり溶けた。しかし、低温が続くと、もちろん積もったままであり、葉を落とした広葉樹(桜)に雪が付着したまま残っているのは美しい(写真3)。



夜の街灯に照らされると、付着し凍り付いた雪は、輝く白いシダの群落である(写真4)。



これは雪の付着であり、樹氷とは言わないと思う。本物の樹氷、蔵王の樹氷、を見に行ったことがある。ガスが出て、見通しは悪かったが、かろうじて樹氷群を見た。ガスが流されて少し明るくなったときに取ったのが写真5・6である。




写真5での樹氷の大きさは3m程度であり、遠景に樹氷群が見える。大きな樹氷の割れ目から針葉樹の枝が飛び出している。触ったり、叩いたりしたが、たいそう硬い。壊れかけている鉄筋コンクリートの塊のように見えて、おかしい。重装備で観光したのであるが、頬は少し痛くなった。全体は見通せなかったが、壮大で、すがすがしい体験であった。樹氷は雲霧の過冷却水滴がトドマツに凍りつき、これに雪なども付着して大きく固くなったものと言う。−5℃以下で成長すると言う。この時の気温は、雪上車の温度表示で、−6℃であったと記憶している。

 私が経験した最も低温環境はUSA留学時である。私はUSAオハイオ州コロンバスのオハイオ州立大学に留学した。ずいぶん昔である。1年間のみであったのと本人の能力のなさで、英語が上手にはならなかったのが残念である。オハイオは広く平たんな大地である。冬には、常ではないが、厳しい寒さとなることも多い。雪は多くないが、積もるとなかなか溶けない。

 冬になって、秘書の女性陣から寒さ対策の注意を受けた。まず、「厳寒の時には手袋と耳あてをして外出すること」である。耳あてをせずに15分以上外出すると凍傷(しもやけ)になり、真っ赤になって痛くなると言われた。実際に、耳あてを忘れて30分歩いて、耳が腫れて一部が壊疽になって、治癒に数か月かかった友人がいる。

 もう一つは、「車のフロントが凍っても、湯をかけてはいけない」とのことである。湯をかけるとすぐに凍って、どうしようもなくなるとのことであった。プラスチック器具で削り取る。宇都宮では、車のフロントが凍っても、温湯ですぐ溶けるのである。さらに、車のドアも凍結して開かないことも度々であり、「殴る・蹴る」で振動を与えて開ける。この厳冬の温度は−10℃程度である。もっと寒くなることがあり、これを現地では「below 0 (零度以下)」と言う。

USAでの温度はファーレンハイト(華氏, Fahrenheit, ℉)で表示される。華氏0度は、日本で使われているセルシウス(摂氏,Celsius,℃)では、−17.8度にあたる。つまり、−20℃近くである。こうなると、大学は休校となり、職員も出勤しなくてよい。私の場合は、ボスから、研究室に来るなと電話があった。地域行政からも外出を控えるようにと言われる。どうしてもの時には車を使用するが、バッテリーが十分な車のみ動かす。このような低温では、バッテリーが消耗しやすく、エンジンが止まると凍死の危険性は高い。
 この低温で撮影したのが写真7・8である。




 空気中の水蒸気が樹木の枝に氷結したものである。幹には付かず、細い枝の全体に氷が張り付く。雪が付着した枝(宇都宮;写真3)に比べると、全周で白く、細かく、固く感じられる。天候の良い厳寒で風のない日に出来る。青空の下で、線描の白い樹が輝き、陽を反射して細かい輝点が瞬く。静謐で壮絶な美しさがある。写真を撮った時は10分程度の外出であったが、露出していた顔はヒリヒリと痛く、室内にもどるとしばらくは顔全体が赤くなって掻痒感が続いた。

 なお、オハイオの冬は氷点下が続き、雪や凍結が多いため、凍結防止剤・融解剤としてやたらと塩をまく。日本での塩化カルシウムではなく、塩化ナトリウムつまり食塩である。精製度は悪い。当然、洗車をマメにしないと、車はさびやすい。車のバンパー・マフラーや床までが錆びてボロボロになる。

 当時私が乗っていた安中古車(結構でかいポンティアック)でも一度マフラーが運転中に脱落して驚いた。修理工場にガラガラと音を立てながら行くと、すぐに付け替えてくれた。しょっちゅうのことと言う。ある学生のボロ車に乗せてもらうと、足をドア枠に乗せろと言う。敷いてある段ボールをとると、助手席の床はほぼ脱落しており、道路が見えていた。USAに車検制度はない。走れば、どんな車でも走って良い。この状況のため、オハイオを含む東部内陸部の中古車価格は安い。中古車販売会社で、最もボロなものは「run or not」と書いてある。

 調べてみると、オハイオ州コロンバスでの最低気温は−30℃程度である。人が居住する地域ではロシア・オイミヤコンでの−71.2℃が最低記録である。最低温度の世界記録は南極ボストーク基地での−89.2℃と言う。ボストーク基地は極にあって、高度も高く、この程度の気温は何度も観測されると記載されていた。南極の昭和基地でも−40℃以下は珍しくないようである。テレビで基地外作業の様子が放映されることがあるが、ゴーグルは着けているものの、頬などの顔は露出しているようである。凍傷や顔面神経麻痺にならないのか不思議と思う。

 一方、日本では、北海道旭川市での−41.0℃が最低記録とされている。富士山頂では−38℃とのこと。北海道の内陸部はさすがに寒い。旭川動物園のホームページでは昼は−2から−10℃程度のようであるが、12月28日の朝9時で−20℃とある。旭川動物園は人気である。私も冬に一度は訪れたいと思っているが、覚悟と用意が必要であろう。

 実験室では冷凍庫の温度は−20℃である。超低温冷凍庫は−80℃であり、細胞や細菌は特殊な液に浸してこれに凍結保存する。ドライアイス(固体二酸化炭素)は−79℃である(−79℃で昇華し、気体になる)。実験室で利用可能な最低温度は液化窒素の−196℃である。液化窒素が手に触れても、瞬間的に気化するので、ピリッと少し痛みを感じるだけである。ただし、しばらく漬けておくと凍傷・組織壊死になって大変なことになる。

 今回のブログに載せた写真はほとんど白であり、色彩がない。冬の風景は茶褐色と緑、もしくは白である。静かで彩はない。この中で、動くのは鳥である。地味な鳥が多いが、目立って煌めくのはカワセミとオシドリである。カワセミは別稿に譲り、今回は渡り鳥であるオシドリの写真を載せる(写真9)。

 写真は栃木県小山市の池で撮影した。栃木でも、オシドリは少ない。この時も一羽のみであった。カモの群れの中で、ひときわ艶やかである。多くの色彩と緻密な陰影とで一際目立つ。温かな思いがする。ただ、目は少しく寂しそうであるが。
 

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